【見ること】と【見える】の違いとは?例文付きで使い方や意味をわかりやすく解説
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見ることと見えるの分かりやすい違い
見ることと見えるの違いは、視線を向ける意志の有無にあります。
見ることは、自分の意志で対象に目を向け、意識してとらえる能動的な行為を表します。
見えるは、意識しなくても自然に視界に入ってくる受動的な状態を表します。
見ることとは?
見ることとは、視覚を使い、自分の意志で対象を認識しようとする行為のことです。
本や写真、試合など、主体的に視覚情報を取り入れる行動全般を表す際に用いられます。
分析や判断を伴う観察行為も含み、意図と目的を伴う視覚行動であるという性質を持ちます。
医者に見てもらうのように、専門的な診察や検査の意味でも使われることがあります。
見ることの例文
- ( 1 ) 美術館で絵を見ることが趣味になっている。
- ( 2 ) 子供の成長を見ることが何よりの楽しみだ。
- ( 3 ) ニュースを見ることを毎朝の習慣にしている。
- ( 4 ) 細かい資料を見ることが判断の第一歩になる。
見ることの会話例
話題のこの映画、ついに見ることに決めたの?
いいね、それなら私も一緒に見ることにするよ。
分厚い資料も、ちゃんと見ることができるかな?
大丈夫、一緒に見ることで理解も深まるはずだよ。
見えるとは?
見えるとは、対象が自然に視界へ入り、視覚的に認識できる状態のことです。
視力や視覚能力を示す際にも使われ、眼鏡なしでも見える、暗くて見えないなどの表現で用いられます。
若く見える、疲れて見えるのように、外見からそのように感じられることを表す用法もあるという性質を持ちます。
未来が見える、希望が見えるのように、理解や予測を表す比喩的な使い方もあります。
見えるの例文
- ( 1 ) この部屋の窓からは、遠くの海までよく見える。
- ( 2 ) 眼鏡をかけると、細かい文字までよく見える。
- ( 3 ) 夜道が暗く、足元が見える範囲はごくわずかだった。
- ( 4 ) 疲れているせいか、彼女は少し老けて見える。
見えるの会話例
この窓からは、今日はいったい何が見えるの?
海と島が、今日はとてもきれいに見えるよ。
最近、老眼で近くが見えにくいんだよね。
それなら、新しい眼鏡に替えると見やすくなるよ。
見ることと見えるの違いまとめ
見ることと見えるの違いは、能動性と受動性にあります。
見ることは自分の意志で視線を向ける能動的な行為であるのに対し、見えるは自然に視界へ入る受動的な状態を表します。
「絵を見ることが趣味」は行動、「星が見える」は状態と区別されます。
見ることと見えるの読み方
- 見ること(ひらがな):みること
- 見ること(ローマ字):mirukoto
- 見える(ひらがな):みえる
- 見える(ローマ字):mieru